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東京へ

午後6時新宿駅で待ち合わせをしたのですが、ちょうど退勤時刻に重なったからでしょうか、ものすごい人の流れです。まるで、何者かに壊された蟻の巣のような人の流れ。都市は偉大で、異様です。

二戸に帰って、山の畑で片づけをしていたら、午後4時にはすでに月が出ていました。無風無音無人で、山と里のあわいの野ぎわの風景に、体が溶け出しそうでした。私が消え失せ、風景の一部になった気がしました。

経済格差もさることながら、この都市と田舎の風景の格差は、何なんでしょう。同じ時代の同じ日本の風景とは思えません。時代の流れの中で格差は生まれるものではあるけれど、極端というのは考えものです。格差是正に国や政治の役割があると思うのですが、今は逆です。格差を進んで助長し作り出しています、なぜでしょう。

農業漁業林業で豊かに暮らしていける社会を、もう一度新しく作り直せないのでしょうか。美しい農村や漁村や里山の広がる風景を想像してみます。普通に人がいて普通に家や建物があり普通に自然がある風景。そんな調和のとれた風景は、もう想像の世界の中でしかないのでしょうか。除草剤やカメムシ防除剤を大量に撒き、化学肥料を大量に使う農業。いつから私たちは、草を嫌い虫を嫌い土を嫌い、総じて自然を嫌うようになったのでしょうか。

能楽堂で能や狂言を見、北斎美術館に行き、運慶展に足を運び、銀嶺ホールで「人生フルーツ」を見、ジュンク堂で本を買い、いくつか個展に寄り、喫茶店でコーヒーを飲みながら、あれやこれやを思い巡らし、考え、東京を楽しんできました。

そして帰ってきました。私はここで暮らしながら、体の中の内なる自然をもっと広げていきたい、そう思いました。

静止画の風景の中に溶け出だす山の畑の午後4時の我
山里の冬の初めにしとど降る雨は冷たき温かきもの

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後生掛温泉

農事が大方終わりましたので、骨休めに後生掛(ごしょうがけ)温泉に行ってきました。時おり北風が吹き荒れ、枯れ草がなびき、色あせた木々の葉が流れ落ち、初冬の気配漂う山道に車を走らせます。幾分紅葉の残っている山里を過ぎて、八幡平の頂上に通じる山道に入ると、林の中に湯気が上っています。もう温泉はじきです。

春から夏の、盛りの季節を過ぎ、秋から冬の、翳りの季節を目の前にして、今年の農事のあれやこれやを思いつつ、温泉に浸かります。低温で雨の多い年でした。春先に泥負い虫が大発生しました。、ヌカカやブヨによく刺され、冷夏で嵩(かさ)は張っていましたが実は少なく、ぬかるみに足を取られ作業がはかどらず、などと今年の米作りの苦労を思い起こします。でも男時(おどき)女時(めどき)が順次繰り返されるのは、「力なき因果」だと世阿弥が言うように、きっといい年もあるでしょう、と根拠なき確信?が湧いてくるのも、温泉の効能のひとつです。蒸し風呂、気泡風呂、泥風呂、露天風呂と浸かり、地球の体温を感じながら疲れをほぐします。体に沁みついた温泉のにおいは消えることなく、効能が長続きしそうです。

八甲田に地獄沼がありましたが、ここにも地獄がありました。泥湯温度94度の紺屋地獄です。染料を煮ているかのように硫化鉄の沈殿物が蒸気となって湧きあがります。じっと見ていると、湧いているのに吸い込まれそうになる力に満ちているから不思議です。地獄があの世の地下にあるのではなく、この世の水平方向の地続きにある、それがなんともいいのです。ただし、善人も悪人もここで地獄を見ることができますが、中には入れません。熱すぎます。

後生掛けの名にあやかり、そう遠くはない私のあの世(後生)が、極楽であることを願い、ついでにこれからの今生も極楽であることを願いつつ、温泉をあとにしました。

氷が張る朝もあり、すでに暖房の欠かせない冬が動き出しました。

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