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春の演奏

生きていれば、身も心も汚れが溜まります。天地も同じこと、春夏秋と少しずつ天地の汚れは地上に堆積し、冬のはじめには雪の白い衣手に包まれます。降っては積もり嵩を増す雪は、汚れた大地をまるでいとおしむかのように、そっと抱きしめます。心地よい雪の抱擁に天地の汚れは安らかな眠りにつき、浄化される時を待ちます。

冬の間中、雪はその年の天地の汚れの嵩の分だけ降り積もります。汚れが多い年はたくさんの雪が、汚れが少ない年はそれなりの雪が、地上に降っては積もるのです。

やがて春のぬくみとともに、天地の汚れは雪解け水に身を委ねます。雪の身に少しずつ己が汚れを溶かしこみ、それが泥水となって川を下っていきます。動きの目立たなかった冬の川に取って代わって、春の到来とともに川は音を立てて流れ出します。寒さが厳しい分、北国の春の川は、世の耳目を集め、勢いよく流れ下ります。

北国の雪解け水は、気持ちよいほどのたっぷりの量です。川の流れ下る音は歌っているようで、どこか楽しげでもあります。というのも雪解け水は、天地の濁り水でありながら、しかもそれは天地を浄化する水でもあるからなのでしょう。川は、天地が浄化されるのが、わが事のようにうれしいのです。

汚れの消えた地上には、さっそくふきのとうやふくじゅそうやあずまいちげが花を咲かせます。北の野原では華やかな春の演奏が始まりました。

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5年目オープン

北国に暮らしはじめて6年目に入ります。東京で生まれ育ち、関東圏が生活の場でしたが、一念発起して今、北国の田舎にいます。田舎の暮らしがどういうものか体で知りたかったのです。

当たり前のことですが、冬が長い。真冬は覚悟を決めて受け止めることができるようになりましたが、3月4月は春と冬の色斑(まだら)の季節です。斑の季節が長くて体が慣れません。桜が満開になるのが5月の連休頃で、関東よりひと月おくれですが、そこからは身なれた?春の感覚が蘇ります。

今年は、3月13日<陰暦二月十六日>の朝でした。コハクチョウの渡りが見られました。いくつもの大群がクワーク、クワークと励まし合いながら、わが家の上空を、北へ向かって飛んで行きました。ここは白鳥川、白鳥城など、かつて白鳥信仰や白鳥伝説が色濃く残っていた地です。

縄文人や蝦夷は、白鳥の渡りを見て、春の感懐を覚えたに違いありません。時を隔て今、私も同じ光景を見、春の始まりを思い抱いています。その、時のつながりが何よりうれしいのです。

縄文のうずまき社  5年目オープン

2017年4月23日(日)<陰暦三月二十七日> 

10時:オープン  12時:昼食  午後は百人一首などお楽しみ会。

参加希望者は、4月20日までに連絡ください。300円。

開社日時 西暦4月23日(日)~11月11日(土)

<陰暦三月二十七日~九月二十三日> の10時~15時まで。

土間、座敷、囲炉裏の間、巨木の庭など公開しています。入場料300円(会員、学生、子どもは無料です)。田畑に出ていることが多いので、前日までに連絡ください。   

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七崎神社

欠損、ずれ、ゆらぎ、ひずみ、すきま、などというものに気づき、それが心中大きな位置を占めるようになったのは、いつからなのでしょう。子どものころは考えもしなかったでしょうから、大人になってからなのでしょう。それも比較的最近のような気がします。けれど、小さい時や若い時は気づかなくても、自ずと欠損に向けて、それを穴埋めするために行動していたのかも知れません。

欠損は、完全に埋めることはできないし、ふさぐこともできないのですが、欠損を埋めようとしたり、すきまをふさごうとしたりするとき、大きなエネルギーが湧きたつ気がします。人は、生まれた時から死に向かって生きていて、不老不死ではありませんし、そもそも宇宙は欠損から生まれ出たのかもしれません。人も宇宙も欠損を抱え持つ存在なのでしょうか。

北・東北で大きな欠損地はどこかというと、それは十和田湖です。縄文時代前期にも、915年(平安延喜15年)にも 大爆発がありました。大きな欠けが生じ、そこに水が溜まって湖になりました。十和田湖を前にするといつも、湖が悲しみを吸い取り喜びを受け止めてくれる、それも丸ごと。この全能感がたまりません。春から秋にかけて時々出かけます。

さて、初詣に五戸の七崎(ならさき)神社に行ってきました。今は八戸市に編入されましたが、中世は永福寺、近世は徳楽寺として栄え、参詣人が絶えなかったといいます。十和田霊場の修験の拠点でした。江戸時代に盛んだった十和田信仰の本拠地でした。廃仏毀釈で伽藍はすっかり縮小され、今はひっそり閑としていますが、苔むす落ち着いたたたずまいと樹齢千年の三本の杉が、古刹であることを物語っています。時の湖を湛え、時の堆積を称えている神社です。

凡庸でいい。今年一年の安寧を祈ってきました。

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小正月のお祝い

宇宙は渦を巻きながら今も、ある方向に進んでいます。その宇宙リズムである時間は、直線で進む時間と繰り返す時間があります。時間は、くり返しながら前に進んでいて、それをだれも押しとどめることはできません。人も動植物も、宇宙のとてつもない時空の中で、その片隅のさらに片隅に誕生し、ほんのひと時のいのちを与えられ、成熟し、そして枯れてゆきます。そういう意味で、人も動植物も大金持ちだろうが貧乏だろうが、時間は平等です。

産業革命以後、直線に進む時間ばかりが重視され、繰り返す時間は脇に追いやられてしまいましたが、賢治の言う「すきとおったほんとうのたべもの」の学問や文化や芸術は、繰り返しの時間の中から生まれてくるような気がします。繰り返しの時間が、知性や感性の深みを引き連れてくれます。直線的で表層的な知性の一部は、やがて反転して反知性になり、貧困と格差を生み出してきた気がします。戦争がそうであるように、貧困と格差も反知性の吐瀉物なのです。

いまだ雪は降り寒くもありますが、雪交じりの雨が降るようになってきて、今年も小正月(旧暦の一月十五日)がやって来ました。眠っていたいのちの春が、雪解け水で目を覚ましました。地域のみなさんと一緒にお雑煮を食べ、カルタやどっぴきや輪投げ遊びをし、お酒も飲んで、小正月を祝い楽しみました。

過疎や老齢化の波がひたひたと寄せてはいますが、「楽しかった。来年もまたやりましょう」「来年もできたらいいね」などとみなさんが声をかけながら、それぞれの家に笑顔を運ぶために帰ってゆきます。土間にあったたくさんの長靴はあるじを得て、一つまた一つ雪道に消えていきました。

先日シュレーゲルアオガエルの鳴き声が、海上川のほうから聞こえてきました。如月(きさらぎ)、春の気がさらにやってきます。北国の春様、お待ち申しておりました。

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2017サイトギ

どちらかというと太平洋側の山里なので、立春が過ぎるとよく雪が降るようになります。よく雪が降るようになると、恥ずかしがり屋の春はどこか近くにやってきています。姿を見え隠ししながら、緩やかな雪の山坂道をゆっくり下りてきます。止まることはありません。駆け出しもしません。生まれたばかりの春ですから。

冬に眠っていた春は、いつ目覚め、歩き出すのでしょう。先日、雨交じりの雪が降りました。凍てついていた空と大地に、少しく水が動きだします。空も大地も草木も、わずかな水の巡りを察知して、目を覚ますのです。

昔、日本人は、自然の内側で仲の良い家族のように、自然とともに暮らしていました。だから、寝ぼけまなこの春を、早く起きてと、揺り起こしました。揺り起こせば、自然は応えてくれることを知っていましたから。その春の催しの一つが、月と炎の祭典、サイトギです。

伝承によると、400~500年前から続いているということですが、毎年旧暦の一月六日に行なわれるサイトギに、今年も行ってきました。厳しい寒さの中でした。祭りの最高潮は、水をくぐった白装束の男衆が、棒でやぐらを叩くところです。炎が火柱となって大きく上り、火の粉がぱちぱちと花火のように散ります。火の粉は風に乗って霰となり周りの人に降りかかります。六日のおぼろ月が、立ち上る炎のゆらめきをじっと見ていました。

白い雪、それに男衆の白い、足袋に鉢巻きに晒しに含み紙に紙垂(しで)。白は再生の色でもあります。月と炎と男衆の三者によって、春の再生の舞台装置は整い、春は再生しました。今年も豊作のご託宣があり、まずはめでたしめでたしの幸先のよい出立です。いい年でありますように。

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風景

連日氷点下の朝です。最高気温が氷点下の日もあって寒いのですが、6年目にもなると、体が北国の寒さに慣れてくるから不思議です。関東にいたころと、真冬の体感はそうは変わらない気がします。適応というのでしょう、人の体は大したものです。もっとも家の中にいることが多いかもしれないですが。

寒い中に思うことがあります。それは、この地に暮らしていた縄文人は、どうこの寒さをやり過ごしていたのだろうか、ということです。
「子どものころ、風の強い夜には板戸の隙間から雪が入ってきて、朝目覚めると、枕元に雪があったもんだ」なんていう話が、今でもあるくらいですから、縄文の大昔のこと、服も布団も決して今のように暖かいものはなかったはずで、どうやって冬は暮らしていたのか、と思いをめぐらします。

想像するに、彼らは寒さにわなわな体を震わせ、顎(あご)をがちがち音立てていたわけではない、と思います。快適とまではいかないけれど、工夫を凝らし、不快を取り除くことに努め、それなりに温かく暮らしていたのだと思います。根拠はありません。けれど、いろいろ工夫して暮らすのが人間ですから。焚火、毛皮、木の皮、草の布団、洞穴、雪室、地下室等、ああだこうだと縄文の冬暮らしを想像してみるのも楽しいものです。

縄文人がかつて再生を願った神の山、神の川、神の広場。彼らの風景は、今は時の褥(しとね)に包まれて静かに眠っています。そのしづもれる風景を、山並みのように連なり、川のように蛇行する時の流れに乗って見ています。いつか、彼らの再生観を普遍的無意識の井戸から汲みだそうと。

                  歌 ♪ 風景 ♪  

            あの山が 縄文の 神の 山よ
            人生まれ 人は 逝きて
            魂の 還りぬ  山

            その下を 流れる 神の 川は
            その昔 カムイチェプ(鮭)が
            群れを成し 上って きた

            この場所が 聖なる 神の 広場
            日が暮れて 月が 出れば
            歌い踊り 祈った ところ

            月は 上り 日は 沈み 時を 刻んで ゆく
            日は 上り 月は 沈み 時は 流れて ゆく

            そして いま あなたと ここに立つ 不思議

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旧正月

明けましておめでとうございます。

小寒大寒の、寒さの頂きを越え、旧正月を迎えました。これからは、寒さが一つまた一つ、休憩をはさみながらも和らいできます。西暦の正月のように、この先大寒を迎えることがないので、春はいまだ小さいけれど、「新春のお喜び申し上げます」が実感を伴って、心と体に届いてきます。と言っても、寒さがここしばらくは居座るのが北国ですが、ピークはこの先にはなく、これからは、あえかにも確かな春の兆しが、雪景色の中に見え隠れすることでしょう。たとえば、雪野原に落とし映された木々たちの影。冬の間は固く締まっていた灰色の影が、しだいに水色をにじませ、小さく揺れ始めるように。

霜降の頃から冬に備えて、構えを作り覚悟を育て、私という汽車は冬を出発しました。大寒を乗り越え、ここまで来たものの、冬寒の覚悟には賞味期限があり、冬構えの効力も期間限定と言えます。
立春が過ぎて寒中ほどの寒さではないと言っても、寒さは続きます。長さゆえに寒さに飽きがくると、構えの車輪が軋み、覚悟のネジが緩んできます。それは、北国の寒さが長いからでもあるし、私が北国の新米の汽車、だからでもあります。ですから、寒さの中に春の兆しのいろいろを見つけ、また今年の農事や催しの「作付け」のあれやこれやをめぐらし、しばらくは雪景色を楽しみながら、ゆっくり走っていこうと思います。今年もよろしくお願いします。

先日の冬季限定お茶会で、今年も地域の小正月行事をすることになりました。2月12日(日)<陰暦一月十六日>11時から14時まで、縄文のうずまき社で、お雑煮を食べ、カルタやどっぴきなどのお正月遊びを地域のみなさんと楽しみ、春をお祝いします。

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白い世界

雪の世界がやって来ました。春が来るまで、ここしばらくは白い世界になります。白は白装束など死の世界の色ですが、それは同時に再生の色でもあります。死はそれで完結しているのではなく、再生と一対をなすものです。死と再生、それは同意反復語です。

雪が降るということは、自然宇宙が、やがて来る再生の季節、春の舞台準備に取りかかったということです。だから、雪が降れば降るほど、再生の層の厚みが増し、雪が積もれば積もるほど、再生の井戸は深くなります。

雪の結晶は六角形で、この形は空気を含み音を吸収しやすくします。雪は、風景を包み音を包みこむ、白い魔法のマントです。不思議にも、雪解け水も六角の組成を持ちます。H2Oの分子が六つ、仲良く手をつないでいるのです。この六角水は、エネルギーに充ちた水で、植物の発芽を促し、鶏の産卵率を高めることがわかっています。雪解け水は、いのちの再生の水といえます。ところが惜しいかな、六角水の形は、そう長くは続きません。数日でつながれている手をほどき、エネルギーを外に放ってしまいます。まるで恥ずかしがり屋の子どもように。

雪解け水が潤沢に流れる春。再生の舞台の幕が開かれるまで、無音の世界が広がる雪野原を前にして、この世の人の在りようを考え、静かに安けく春を迎え待つことにしましょう。今は遠く離れた、恋人との再会を待つように。

昨日は陰暦十二月の満月でした。き-んと張りつめた夜気に、体を震わせ空を見れば、高みに上る冴え冴えとした月影。大寒のころに似つかわしい夜空です。師走も後半になり、陰暦の年の暮、大晦日が近づいています。 


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冬枯れの記

「浅草の夜のにぎはひにまぎれ入りまぎれ出で来しさびしき心」啄木です。

「だけど、神谷バーってのはいまでもあるのかな」「ええ、あると思いますわ。いつか栃木へ帰るとき、ちらっとみたような気がするんですの。映画見て、神谷バーへいって、あたしはブドー酒、あなたは電気ブランで、きょうのあたしの手柄のために乾杯して下さいな」三浦哲郎の「忍ぶ川」です。

「この世界の片隅に」「海よりもまだ深く」の映画、「ゴッホゴーギャン」の美術展、鈴本の落語、寅さんの帝釈天、ジュンク堂三省堂。

上野、浅草、池袋、柴又とすごい人並みです。人が作った文化にたっぷり浸ることができる東京。鉄道やお店やデパートは、便利で快適で、それはそれで素晴らしい。お金が必要だが、人が作った快適な都市空間を享受できます。

さて、風景は北国に移ります。天気のいい夕暮れ時、体を動かすために外に出ます。奥の農道を歩いて、いつものことだが松の木が2本、正面と左手に立っているところに立ちます。風に揺れる松の枝、ここはもう、立派な能舞台です。舞台に上がり、しばし体を動かし魂(たま)振り?をします。

大地はうっすらと雪を被って眠りについています。月が出て、金星が輝いて、雲が流れています。それだけです。ビルもお店も鉄道も繁華街もありません。人の造作物、人為もありません。

田舎暮らしのいいところは、人も宇宙のただ一片に過ぎないことを教えてくれるところです。それ以上でもそれ以下でもありません。人は、この宇宙の成員の一つの切片なのであって、一番偉いわけでも一番素晴らしいわけでもありません。この広い宇宙の一つの形であって、最上でも最高でも、もちろん最低でもありません。それを私に知らせてくれるのが、冬枯れの景色です。ありがたい。

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新しき物語 2

                   歌 ♪ 新しき物語 2 ♪   

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            君が 作った お米が 君の いのちとなって  体を巡る
            君が 作った 野菜が 君の いのちとなって  心潤す
            みどりの風に 吹かれるって 本当に  気持ちいいーよね
            生きもの たちと  出会えるって 本当に うれしいことーだね
            買い物も 楽しいけれど 時にはね
            ここで いのちの 食べ物 作って  いこう  (心してね)
            花咲けや 花開け  ぼくたちの 新しき  物語  かな

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            君が 作った お米が 君の いのちとなって  体を巡る
            君が 作った 野菜が 君の いのちとなって  心潤す
            青田の海に    浸るって  本当に  気持ちいいーよね
            いのちの種が   実るって  本当に  うれしいことーだね
            買い物も 楽しいけれど たまにはね
            ここで いのちの みなもと 作って いこう  (心してね)
            花咲けや 花開け  ぼくたちの 新しき  物語  かな


野山が冬ざれの景色に落ち着くと、まるで喪失を埋め合わすかのように、雪が空から舞い降りてきます。連続性のない別物の世界に放り込まれたように、私は新しい雪の世界を嗅ぎわけます。

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カムイユーカラ

中高校生の頃、アジア人の先祖は、ジャワ原人とか北京原人とかで、彼らがのちの新人類になって今に至る、と学校で習いました。ジャワ原人や北京原人の末裔が、日本人をはじめ東アジア人だったわけですが、そういえばよくわかっていない明石原人が登場したり、秩父原人などという罪深いねつ造もありました。

今ではそれは否定され、5万年前にアフリカのサバンナから数百人単位で、何回かアフリカを出ていった新人類が、世界に広がりアジアにも移動し、ヒマラヤの峻険な山々は越えられないので、そこで北と南に分かれさらに移動を重ね、日本で再びあいまみえ、日本人の先祖になったことがわかっています。

原人は航海術を持ちませんでしたが、現生人類は舟を作り操舵することができました。朝鮮半島のルート、台湾から琉球の南方ルート、オホーツクから樺太の北方ルートの3ルートから海を越え、時間差はあるものの日本にたどり着き、そこで混ざりあい日本人が形成されました。アイヌの先祖も、北方ルートをたどり日本にやって来ました。そして日本人の源流の一つになりました。

11月3日にアシリレラさんのカムイユーカラの語りがありました。遠い昔から伝承されているアイヌの神の物語が、囲炉裏の炎のゆらめきの中に現われいで、あぶりだされます。神が語る人としての道は、真摯にゆったり、道を外れずに歩き続けるいのちの物語となって生き続けています。

日本人とは何か、そう思うなか、縄文やアイヌにたどりつきました。縄文系か弥生系か、アイヌの眷属かシサムの眷属かなどという、二者択一の陳腐な考えに興味はありません。世界はもっと雄渾な思想の持ち主なのです。尊敬の念を持ってして、これからも総体としての日本人に迫っていきたい。日本人の源流の一つとして、アイヌの精神の川底を探りあてていきたい、そう思います。

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紅葉

節目というものがあります。人生ならば、そこから大きく舵を切り、今までとは違う新しい生活が展開します。

自然もまた節目があります。春と秋が節目です。自然は基本、夏と冬の2季で成り立ち、春と秋はその節目にあたります。自然を観察していると、そのことがよくわかります。

10月19日、十和田湖から蔦沼、酸ヶ湯を経て八甲田へ紅葉を見に行きました。雪中行軍の後藤伍長の像にも会ってきました。毎年、この時期に霊地の定点観察をします。全山が錦を纏うさまを見ずにはいられなくなるからです。

節目や結節点には、自然の美や本質がすっと立ち現れては消えていきます。美や本質は留まることをしません。霊地は、そのことを我々の前にくっきりと現出してくれます。その瞬時のめぐりに居合わせたい思いに駆られ、毎年出かけるのです。

今年も美しい風景が広がっていました。十和田湖はまだ紅葉浅く、蔦沼から笠松峠にかけて徐々に深まり、酸ヶ湯あたりが見ごろでした。比較的気温の高い日が続いたので、いつもの年より少し遅めの紅葉でした。今、自分は自然の結節点に立っている、これから自然は大きく舵を切っていく、今年もそう実感する見事な紅葉でした。

いつもの繰り返しのめぐりがまたやって来た安堵感でしょうか、美しい景色を食した満腹感でしょうか、自然の本質を垣間見ることができた充足感でしょうか、紅葉を見終わると心が落ち着きます。そして、いよいよ冬になるなあ、という感慨がわいてきます。この感慨を出発点に、これから冬の構えを作っていくのです。

紅葉を見に行った2日後、コハクチョウの渡りがありました。朝夕晩にいつものクワークという声とともに、いくつもの群れが我が家の上空を北から南へ飛んで行きました。冬の使者を迎え入れ、これから客人の冬を迎え入れる構えを、心身ともに作っていこうと思います。

2016年度産の無農薬天日干しのお米・高キビ、固定種の野菜をお分けします。お問い合わせください。

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