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風景

連日氷点下の朝です。最高気温が氷点下の日もあって寒いのですが、6年目にもなると、体が北国の寒さに慣れてくるから不思議です。関東にいたころと、真冬の体感はそうは変わらない気がします。適応というのでしょう、人の体は大したものです。もっとも家の中にいることが多いかもしれないですが。

寒い中に思うことがあります。それは、この地に暮らしていた縄文人は、どうこの寒さをやり過ごしていたのだろうか、ということです。
「子どものころ、風の強い夜には板戸の隙間から雪が入ってきて、朝目覚めると、枕元に雪があったもんだ」なんていう話が、今でもあるくらいですから、縄文の大昔のこと、服も布団も決して今のように暖かいものはなかったはずで、どうやって冬は暮らしていたのか、と思いをめぐらします。

想像するに、彼らは寒さにわなわな体を震わせ、顎(あご)をがちがち音立てていたわけではない、と思います。快適とまではいかないけれど、工夫を凝らし、不快を取り除くことに努め、それなりに温かく暮らしていたのだと思います。根拠はありません。けれど、いろいろ工夫して暮らすのが人間ですから。焚火、毛皮、木の皮、草の布団、洞穴、雪室、地下室等、ああだこうだと縄文の冬暮らしを想像してみるのも楽しいものです。

縄文人がかつて再生を願った神の山、神の川、神の広場。彼らの風景は、今は時の褥(しとね)に包まれて静かに眠っています。そのしづもれる風景を、山並みのように連なり、川のように蛇行する時の流れに乗って見ています。いつか、彼らの再生観を普遍的無意識の井戸から汲みだそうと。

                  歌 ♪ 風景 ♪  

            あの山が 縄文の 神の 山よ
            人生まれ 人は 逝きて
            魂の 還りぬ  山

            その下を 流れる 神の 川は
            その昔 カムイチェプ(鮭)が
            群れを成し 上って きた

            この場所が 聖なる 神の 広場
            日が暮れて 月が 出れば
            歌い踊り 祈った ところ

            月は 上り 日は 沈み 時を 刻んで ゆく
            日は 上り 月は 沈み 時は 流れて ゆく

            そして いま あなたと ここに立つ 不思議

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