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旅のひと

 三浦哲郎(てつお)は、ここ北東北の地ゆかりの芥川賞作家です。「忍ぶ川」のあの純粋な熱情は宝石のように美しく印象的でした。一度はこんな恋愛をしてみたいなあと思うのと同時に、形は違うけれども自分にもかつてこんな純粋な熱情があったことを思い起こさせてくれます。

 また、彼の短篇集モザイクⅠ、Ⅱ、Ⅲの「みちづれ」「ふなうた」「わくらば」の小宇宙にも引きの強い引力があり、ぐっと引き込まてしまいます。湿り気のある文体なのにそれでいて上品なところが好きです。時間が経つのも忘れて読み耽り、気がつくとすっかり夜が更けていたなんてことが何度かありました。

 三浦哲郎の小説についてはまたの機会に触れたいと思いますが、今日は彼の随筆の中に「旅のひと」について書かれたものがありますので紹介します。

 北東北で「旅のひと」というのは、いわゆる「旅人」とは違うそうです。何かの事情でよその土地からやってきて、北東北に棲むようになった人のことを「旅のひと」と言うそうです。その「旅のひと」が話す言葉が「旅弁」。つまり郷土に棲んでいながらも、郷土の言葉を話さずに東京弁や大阪弁、北海道弁等の「旅弁」を話す人たちが「旅のひと」というわけです。

 ということは家主はここでは「旅のひと」ということになります。よそ者という言葉はきついので、ちょっと軟らかめに気を遣って「旅のひと」と言ったのでしょうか。昔は「旅のひと」は、よそ者でのっぴきならぬ事情を抱えていてどこか信用のおけない人で警戒されもしたのでしょう。でも、今はそんなこともなく、何かにつけ地域の人たちが気遣ってくれるのはありがたいことです。

 ふうてんの寅さんの映画に「そこの旅の人、顔に女難の相が出ていますぞ。お気をつけなされ」などと占い師の寅がまじめくさって言う場面がおかしくもあるのですが、映画の「旅の人」はどこかわけあり顔で歩いていたのでしょうか。

 家主はこの北東北の地に親戚がいるわけでもなく、ゆかりのある土地でもなんでもありません。ただ第二の人生は田舎暮らしをしたいと思ったときに、突然にこの家が目の前に現れ、この家のもののけに、家主になるようにと選ばれてしまったようです。庭の樹齢三百年以上の桂や楓の木の精霊達に、関東からこの地に越してきて棲むようにと呼ばれてしまったようです。すでに家主の体や心は、もののけや精霊達のものです。いかように使われてもかまいません。

 けれどどんなに、この家と土地の精霊に見込まれて地元に溶け込んだとしても、家主はずっと「旅のひと」であることに違いはありません。なれば「旅のひと」としての境涯を楽しみ、「旅のひと」の目で田舎暮らしを楽しみたいと思っています。

            PDR_0817.JPG

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okino

ご無沙汰です。
この記事がとても良いお話しでしたので、当方のblogで紹介させて頂きました。
ご了承下さい。

一昨日の茅葺民家の屋根崩壊事故は、貴殿の家の幹線道路をもう少し奥に行ったところでしたよ。
by okino (2011-02-20 17:06) 

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