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弁天島

田植えが終わりひと段落したので、目時(めとき)駅から電車に乗って鮫駅まで行き、そこで電動自転車を借りて、蕪島、鮫角(さめかど)灯台、葦毛崎(あしげさき)展望台、白浜、種差海岸、高岩展望台、弁天島、塩釜神社へ自転車小旅行に行ってきました。天気がよく、海風が心地よい一日でした。里山に暮らしていると、時々「潮のにほひ」のする町に行きたくなります。遠い記憶の中のどこか懐かしい海の匂いに包まれると、私の体は満ち足りたような安堵を覚えるからです。

最終目的地は弁天島ですが、曲り角を見落とし、そのまま通り越して塩釜神社まで行きました。そこから引き返して復路に弁天島に寄りました。ウミネコの繁殖地として蕪島が有名ですが、平日でしたその日も蕪島には観光客がたくさんいました。が、ここ弁天島には観光客はだれもいません。弁天島もウミネコの営巣地で、ウミネコが島を埋め尽くしていました。大きな海を背にして、小さな漁港の真向いにある三基の赤い鳥居、その上に広がる青い空。漁港の堤防の端に自転車を止め、みょうみょうと鳴くウミネコの声を浴びるように聞いていると、どこか遠い遠い世界にいるような気がしてきます。
東北大震災の時、弁天島の鳥居は津波で流され、その一部が7,000キロ離れたアメリカの西海岸に漂着したそうです。津波のエネルギーの大きさと、海は世界に通じていることを改めて思いました。

往復5時間、電車の時間もあり、のんびりゆったりとはいきませんでしたが、いい気分転換になりました。これから7月半ばまで、時鳥や郭公の声をBGMにして、草取りをする田んぼが待っています。

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田仕事の鐘

ツツドリやホトトギスが鳴き始め、三つ葉空木や藤が咲き始めました。鳥や花たちが、北国ももうすぐ田植えですよ、と教えてくれています。

旧暦の四月一日、卯月の始まりの日に田に水を入れることにしました。用水路からではなく、小さな川から直接水を引いているので、手間がかかります。パイプを補修し、つなぎ合わせ、砂袋でパイプを押さえ、水路を掘り直し、再び水が川に戻るように出口も確保するなど、いろいろとやることがあります。5月末の田植えに向けて粛々と準備を進めているところです。

田んぼの周りの山の緑が一斉にふくらみ、畔に春の草草が伸びてきました。あふれる緑に囲まれ深呼吸をします。いのちがふくらむほどいい気分です。いよいよ今年の田仕事が始まります。体の内なる鐘つき堂の鐘が鳴り出しました。

今年の米作りはどうなるのでしょうか。台風や大雨、ドロオイムシ、カメムシ、ヤマドリ、赤トンボ、蛙、ヤゴ、蜘蛛、浮き草、アオミドロ、それにいろいろな田草たち。どんな出会いとなるのでしょうか。よいことも悪いことも想像を超えた出来事が、毎年田んぼに起こります。時間や気持ちに余裕を持って、焦らずに「のうがみさま」と楽しめたらいい、と思います。

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春のよき日に

気持ち良い春の朝です。風のおだやかなほっこりいい天気の中、6年目がオープンしました。午前中は、みんなでお昼の準備をします。台所でにぎやかにおしゃべりしながら定番のひっつみを作り、おにぎりをにぎります。いつものひっつみとおにぎりの味に舌鼓。これがいいのです。いつものおいしさに安心感が広がります。さくらんぼや紫木蓮や水仙の花が満開です。タンポポやオオイヌノフグリやスミレやアズマイチゲやエンゴサクやカキドオシやイヌナズナなど、庭の花々たちに迎えられ、6年目の縄文のうずまき社が動き出したことをうれしく思います。6年目ですか、早かったとも言えますしゆっくりだったとも言えます。

それにしても、少しずつこの土地に家に水に、私の体が馴染んできた気がします。植えた時は苗木だった桜の木が若木になって、花を咲かせています。山野草も株を大きくして花芽をふふませています。年月は移ろい、家も庭も風景も前に進んでいることを改めて思い知るのです。

旧暦の三月十六日は米粉のお団子をお供えし、のうがみさま(農神様?)を迎える日です。のうがみさまが山から種を持って里に下りていらっしゃる。これから旧暦の九月十六日にのうがみさまがその年の収穫物の種を持って山へ帰るまで、のうがみさまとともに里で米作りをします。米や野菜作りは、のうがみさまとの共同作業なのです。今年もよろしくお頼み申します。

「よいものはカタツムリのように進む」(インド独立の父、マハトマ・ガンディー)
今年もゆっくりを心掛けて、春風の中、颯爽と動き出すことにしましょう。

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6年目オープン2

ひと雨ごとに雪が消えて、水の分子が溶け出し、春が動き始めました。凍っていた天地が春になって、ほどける、という言葉がぴったりの感じで、土はぬかるみ、草木は芽をだし、鳥はしきりにさえずります。田畑の準備で、家の前の農道を軽トラやトラクターが盛んに行き来しています。人も動き出しました。一旦動き始めると、天地も人事ももう止まることを知りません。夏に向けて加速していくばかりです。

庭のフキノトウが顔をだし、福寿草、クロッカス、アズマイチゲ、キクザキイチゲが咲き、木蓮や桃や桜のつぼみがだいぶふくらんできました。私の夢や希望は、輪郭が定まらぬ茫洋としたものですが、つぼみがふくらむとなんとなく夢や希望もふくらんでくるようで、春はうれしい。

電線に引っ掛かりそうな枝を伐り、生垣を整枝し、石をどかし、薪を割り、枯草を焼く。冬に歪んだ庭を整えていると、もう日が暮れかかる時刻です。

私の中では、ひたすら嘘をつき、ひたすら隠ぺいする邪悪なものの対極に、花はあります。春の花が咲き乱れる庭や野山を思い描きつつ、今朝も庭仕事に出ます。

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縄文のうずまき社  6年目オープン

2018年4月22日(日)<旧暦三月七日>10時オープン   
10時:オープン  12時:昼食  午後は百人一首をします。
参加希望者は、4月20日までに連絡ください。参加費300円。

開社日時:  西暦4月22日(日)~11月10日(土)
<陰暦三月七日~十月三日> の10時~16時ごろまで。
土間、座敷、囲炉裏の間、巨木の庭など公開しています。田畑に出ていることが多いので、事前に連絡してください。
 
・戸(へ)の月の会を作り、旧暦九月十三日に十三夜のお月見を楽しんでいます。一緒に十三夜の月待ちをしませんか。今年は10月21日(日)に開催します。七夕は8月17日<旧暦七月七日>です。
・カワイイ伝統食の会を開いています。伝統食に興味のある人はお知らせください。
・無農薬、自然栽培のお米、固定種の野菜、そば、高キビ作り、栗子農園に参加しませんか。
・下海上の谷地の大滝、海上川(金田一川)の環境整備を一緒にしませんか

開社日時 西暦4月22日(日)~11月11日(土)
<陰暦三月二十七日~九月二十三日> の10時~15時まで。
土間、座敷、囲炉裏の間、巨木の庭など公開しています。田畑に出ていることが多いので、前日までに連絡ください。   
 
メール:jomon.uzumakisha@gmail.com

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6年目オープン

           
            縄文のうずまき社  6年目オープン
2018年4月22日(日)<旧暦三月七日>10時オープン   
10時:オープン  12時:昼食  午後は百人一首をします。
参加希望者は、4月20日までに連絡ください。参加費300円。

開社日時:  西暦4月22日(日)~11月10日(土)
<陰暦三月七日~十月三日> の10時~16時ごろまで。
土間、座敷、囲炉裏の間、巨木の庭など公開しています。田畑に出ていることが多いので、事前に連絡してください。
 
・戸(へ)の月の会を作り、旧暦九月十三日に十三夜のお月見を楽しんでいます。一緒に十三夜の月待ちをしませんか。今年は10月21日(日)に開催します。七夕は8月17日<旧暦七月七日>です。
・カワイイ伝統食の会を開いています。伝統食に興味のある人はお知らせください。
・無農薬、自然栽培のお米、固定種の野菜、そば、高キビ作り、栗子農園に参加しませんか。
・下海上の谷地の大滝、海上川(金田一川)の環境整備を一緒にしませんか。

開社日時 西暦4月22日(日)~11月11日(土)
<陰暦三月二十七日~九月二十三日> の10時~15時まで。
土間、座敷、囲炉裏の間、巨木の庭など公開しています。田畑に出ていることが多いので、前日までに連絡ください。   
 
メール:jomon.uzumakisha@gmail.com

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冬の峠

この時節は、むやみに眠いのです。「暁を覚えず」の春眠とは違い、昼間にやたらと眠くなります。もしかしたら、体の奥底に眠っていた冬眠の遺伝子が目覚めるからなのかもしれません。

この地にかつて暮らしていた縄文人、彼らは冬眠をしていたのでしょうか。きっとしていたに違いありません。冬は大してやることがありません。服のほころびを繕ったりもしたでしょうが、雪が積もり、寒くてやることがなければ、人は眠たくなります。動きたくなれば動き、眠りたくなれば眠る、それが自然の理というものでしょう。一つどころに集まり、火を絶やさないようにしながら、おそらく交代で冬眠をしたのではないでしょうか。だれも証明できないものを、あれやこれや想像してみるのも冬の楽しみの一つです。

想像のもう一つは、時間の流れです。都会へ行くと、時間は速く流れています。街中や駅を人々は足早に歩きます。田舎にいると時間はゆっくり流れています。息せき切って急ぐ人はいません。では縄文の時代はどうだったのでしょう。ここよりずっとゆっくり流れていたのでしょうか。一説に時間の概念がなかったといいます。人類は書き言葉を得て、直線的な時間を獲得したといいます。今のように自然を対象化することなく、自然という額縁の中で、そこから抜け出すことなく暮らすという感覚はどういうものだったのでしょうか。田畑や野山が無人になる北国の冬は、そんな感覚を探るいい機会です。

連日、最高気温が氷点下で、冷凍庫の中にいるようです。凛とした寒さは、身も心も引き締まります。生活は縮こまりますが、今は内に向かう時期なのだと思うと、悪くありません。そういう日々があっていい、と思うのです。

庭の脇を流れる海上川は、両岸に氷を張りつめ川幅を狭めています。流れているのかいないのか、おとなしいけれども、氷雪の白帯を着飾り、きらめいています。

とうに野山の赤い実は目立たなくなっていますが、川岸にある漆の木々には、まだ金色の神楽鈴のような実が残っていて、鳥たちが群れています。近づけば、騒がしく鳴きながら一斉に飛び立ちます。漆の実は、冬の鳥たちのいくつものいのちを繋いでいることでしょうか。

立春です。寒さも峠に差しかかりました。冬は峠道をおりてゆくことになります。春を心待ちにしたいと思います。

月暦で言うと、今年は2月15日が大晦日、16日が正月の一月一日、3月2日が小正月になります。

冬まなか雪の岸辺の青空に漆の木々の実くきやかにあり
冬空のうす青くして半眼の月松山をひそかに上る
まっさらの雪踏みしめるうれしさよ われのうちにも清き雪あれ

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冬の眠りに

すでに真冬の気圏に入りました。朝は連日氷点下で、最高気温が氷点下の日もあります。今年は早くから雪が降り、このまま根雪になることでしょう。山は色を失い、川は歌うことをやめました。畑の大根などの葉物は、雪をかき分けると凍ったまま緑の葉を保っています。山川草木は、ありのままに冬を迎え入れています。私も自然体でいたいと思いますが、北国に住んで日月も浅く、まだ冬の構えを必要とします。

これからほぼ4カ月、雪の暮らしになり、世界は別物になります。音もなくひたすら降り積もる雪に、時には恐怖を覚え、冬晴れの朝の雪面の煌めきに、美しさの極みを見ます。雪は、この世の恐怖も狂気も冷酷も、純粋も潔白も温もりも、みんな教えてくれます。

冬至が過ぎ、太陽が復活しました。すでに桂や楓や胡桃や栗などの庭の木々たちは冬芽を用意し、春をじっと待ち望んでいます。これから大寒に向かって春を内包しながら、冬はその色を濃くし、時を前へ進めていきます。


歌♪ 冬の眠りに ♪

1、.遠い遠い   空の  向こうから 
白い白い   雪が  落ちてくる
松の枝に   杉の山に   止めどもなーく  落ちてくる     
まるで 野山を  包んで   眠らす  ように
                                  
2、遠い遠い   空の  向こうから 
白い白い   雪が  落ちてくる
屋根の上に  橋の上に   止めどもなーく 落ちてくる
まるで 村村   包んで   眠らす  ように

3、遠い遠い   空の  向こうから 
白い白い   雪が  落ちてくる
きみの髪に  ぼくの肩に  止めどもなーく 落ちてくる
まるで 二人を  包んで   眠らす  ように

このまま このまま  眠ってしまう かも しれない
このまま このまま   冬の眠りに  つく のだろう

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東京へ

午後6時新宿駅で待ち合わせをしたのですが、ちょうど退勤時刻に重なったからでしょうか、ものすごい人の流れです。まるで、何者かに壊された蟻の巣のような人の流れ。都市は偉大で、異様です。

二戸に帰って、山の畑で片づけをしていたら、午後4時にはすでに月が出ていました。無風無音無人で、山と里のあわいの野ぎわの風景に、体が溶け出しそうでした。私が消え失せ、風景の一部になった気がしました。

経済格差もさることながら、この都市と田舎の風景の格差は、何なんでしょう。同じ時代の同じ日本の風景とは思えません。時代の流れの中で格差は生まれるものではあるけれど、極端というのは考えものです。格差是正に国や政治の役割があると思うのですが、今は逆です。格差を進んで助長し作り出しています、なぜでしょう。

農業漁業林業で豊かに暮らしていける社会を、もう一度新しく作り直せないのでしょうか。美しい農村や漁村や里山の広がる風景を想像してみます。普通に人がいて普通に家や建物があり普通に自然がある風景。そんな調和のとれた風景は、もう想像の世界の中でしかないのでしょうか。除草剤やカメムシ防除剤を大量に撒き、化学肥料を大量に使う農業。いつから私たちは、草を嫌い虫を嫌い土を嫌い、総じて自然を嫌うようになったのでしょうか。

能楽堂で能や狂言を見、北斎美術館に行き、運慶展に足を運び、銀嶺ホールで「人生フルーツ」を見、ジュンク堂で本を買い、いくつか個展に寄り、喫茶店でコーヒーを飲みながら、あれやこれやを思い巡らし、考え、東京を楽しんできました。

そして帰ってきました。私はここで暮らしながら、体の中の内なる自然をもっと広げていきたい、そう思いました。

静止画の風景の中に溶け出だす山の畑の午後4時の我
山里の冬の初めにしとど降る雨は冷たき温かきもの

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後生掛温泉

農事が大方終わりましたので、骨休めに後生掛(ごしょうがけ)温泉に行ってきました。時おり北風が吹き荒れ、枯れ草がなびき、色あせた木々の葉が流れ落ち、初冬の気配漂う山道に車を走らせます。幾分紅葉の残っている山里を過ぎて、八幡平の頂上に通じる山道に入ると、林の中に湯気が上っています。もう温泉はじきです。

春から夏の、盛りの季節を過ぎ、秋から冬の、翳りの季節を目の前にして、今年の農事のあれやこれやを思いつつ、温泉に浸かります。低温で雨の多い年でした。春先に泥負い虫が大発生しました。、ヌカカやブヨによく刺され、冷夏で嵩(かさ)は張っていましたが実は少なく、ぬかるみに足を取られ作業がはかどらず、などと今年の米作りの苦労を思い起こします。でも男時(おどき)女時(めどき)が順次繰り返されるのは、「力なき因果」だと世阿弥が言うように、きっといい年もあるでしょう、と根拠なき確信?が湧いてくるのも、温泉の効能のひとつです。蒸し風呂、気泡風呂、泥風呂、露天風呂と浸かり、地球の体温を感じながら疲れをほぐします。体に沁みついた温泉のにおいは消えることなく、効能が長続きしそうです。

八甲田に地獄沼がありましたが、ここにも地獄がありました。泥湯温度94度の紺屋地獄です。染料を煮ているかのように硫化鉄の沈殿物が蒸気となって湧きあがります。じっと見ていると、湧いているのに吸い込まれそうになる力に満ちているから不思議です。地獄があの世の地下にあるのではなく、この世の水平方向の地続きにある、それがなんともいいのです。ただし、善人も悪人もここで地獄を見ることができますが、中には入れません。熱すぎます。

後生掛けの名にあやかり、そう遠くはない私のあの世(後生)が、極楽であることを願い、ついでにこれからの今生も極楽であることを願いつつ、温泉をあとにしました。

氷が張る朝もあり、すでに暖房の欠かせない冬が動き出しました。

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十三夜月待ち

お米とソバの脱穀が終わり、十三夜とキルタンの会の、二つの大きな催しが終わりました。いっとき今ここを離れ、私たちを遠い懐かしい世界に連れて行ってくれた声明に似たキルタンの歌会。息をのむような美しさの十三夜の月の出。体を使った農作業と、心に響く月待ちと歌う瞑想のあとは、弛緩しながら長い冬に向かって、ひとつひとつ心身が閉じていく感覚です。ことを終えた今、そういう自覚を目の前に開かれた里山の風景が後押ししてくれます。閉じられ開かれ、夜と昼の日々はくり返し、春夏秋冬の季節は巡ります。里山は紅葉の盛りを過ぎ、落ち葉の敷物に淡い斜めの日差しが落ち、裸の木々の林に森に、松や杉の緑が浮き立つ時節になりました。

朝夕に霜は運ばれ、風はなく日が差せば暖かい。冬が来る前の穏やかな日々が続いていたその夕刻、小高い山の松林の樹間がにわかに明るくなりました。時速3700キロでありながら、徐々に山の端に顔を出すお月様。十三夜の月待ちです。広縁に集まった22人が月の出を待つ。なんというわくわく感。月待ちをするその一つのことで、こんなに盛り上がりひとつになれることの不思議。厳かで平穏な心の布目模様が辺りに広がります。

今年も十三夜の月は名月でした。集まった人の心を引きつけてやまない十三夜の山の月がありました。お月様と夏林一彰さんのギターの弾き語りという名優に魅せられ、仕出しのさとうの十三夜の月見弁当、栄宝堂の十三夜饅頭の脇役に支えられ、今年も十三夜の月待ちを無事終えることができました。お陰様でひと区切りがつき、これから冬仕度を整えることができます。

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御鼻部山(おはなべやま)展望台

山の畑でソバを刈っていると、北の空から白鳥の群れが渡ってきました。クワーク、クワークと励まし助け合うように声を掛け合い、南へ向かっていきました。天地に冬がきました。天地は夏と冬しかありません。冬と夏の境界を春、夏と冬の境を秋、と人が呼んでいるだけで、天地は二季です。地球の生き物は、二季のめぐりの中で生き、いのちを繋いでいます。この地で植物や動物の営みを観察していると、そのことがよくわかります。

季節の境界はとても魅力的で、その一つに紅葉があります。全山が錦を纏い、装う姿は圧巻です。毎年この時期、迷が平を抜け、十和田湖、奥入瀬、蔦温泉、笠松峠、酸ヶ湯、八甲田、田代平へ、今年の紅葉はどんな様子でしょうかと定点観察しに行きます。自然は、年ごとに紅葉の衾紙を張り替えます。早かったり遅かったり、濃かったり薄かったり、あでやかさも枯れ具合も毎年違うのです。時はくり返しながらも、前へ移動し今を形作っています。今年の今の様態が紅葉の景色に表出されます、それが面白いのです。

今年は御鼻部山(おはなべやま)展望台からの十和田湖の眺めがすばらしかったです。ここから雄大な十和田湖が一望できます。その日は寒気がやってきて、雪雲が流れていました。その雲の隙間から薄日が差し、大きな鏡の湖水に雲の影が流れていました。今まで見たことのない別の世界の風景が広がっていました。

湖に浮かぶ二つの半島の写真右が中山半島、左が御倉(おぐら)半島。その二つの半島に囲まれているのが中の湖(うみ)です。大昔、火山の爆発でできた大きな湖に、後年さらに爆発が起こり、その部分が深い湖となります。それが中の湖で、水深が327メートルほどあります。十和田湖は日本唯一の二重式カルデラ湖で、周りの浅い湖から深い中の湖へと、水は川のように流れています。そのことが、もとは紅鮭だったヒメマスの生育の鍵を握っているようです。

それにしても十和田湖は魅力的です。湖を見ていると、湖の底の無意識の世界とか井戸や地下室とか闇の世界とかに、魂が連れて行かれそうになります。吸引のエネルギーは相当なものです。昔の人も不思議な力を感じていて、それが江戸時代に盛んだった十和田信仰につながっていたのでしょう。紅葉もいいが、古人が感じていた世界を、今も感じ取れるのが十和田湖の魅力だと思います。

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稲刈り

稲刈りとはせがけが終わりました。今年は雨が多く、田はぬかるみ、なかなかバインダーを入れる機会がありませんでした。晴れが続いた束の間に、ここぞとばかりに判断して稲を刈ります。刈ったのち、刈り地にはせがけの棒を組み立て、束ねた稲を天日に干すため一把ずつかけていきます。根気のいる作業です。2日ほどで仕上がりましたが、翌朝雨の中、田に出かけるとはせ棒が倒れていて、また半日かけてかけ直します。というのも雨続きで土がゆるく、支え棒が十分に効かないのです。

おまけにヌカカやブユに咬まれ、まぶたが膨らみました。泥田に足を取られ、脛はパンパンで正座がままならなかったのです。メマトイが眼球めがけてきます。跳ねた泥が目に入り、飛蚊してます。

5月末から今日まで、アメンボ、ヤゴ、赤トンボ、イトトンボ、ゲンゴロウ、豊年エビ、水カマキリ、ヒル、蛇、オタマジャクシ、蛙、イモリ、ゾウムシ、イナゴ、蜘蛛、ドロオイムシ、カメムシ、それにイネコウジカビ、イヌビエ、オモダカ、ホタルイ、シズイ、イボクサ、アザミ、野紺菊などたくさんのいのちとやり取りをして、そしてその日の天気とやり取りもしながら農作業を進めてきました。うまくいく日もあればうまくいかない日もあり、人の力の及ぶところと力の及ばないところもありますが、総体として稲は実り、お米を手にすることができ、美しい田園風景が守られます。

昨今、機械化や農薬によって、生きものの生と死のドラマが見えづらい米作りになっていますが、見えづらいだけで、今でも無数のいのちのやり取りが、田んぼとその周辺で行われています。自然農は苦労は多いけれど、生きもののいのちのやり取りを、日々体感し見られる楽しみと発見があります。

先日の中秋の名月、雲間からとっておきの月が見えました。お月見で人と人がつながっていける、古人ともつながっているのは、うれしいことです。

10月28日(土)陰暦九月九日14時から15時20分、キルタンの会を開催します。秋田市より藤原佳子さんをお呼びし、「歌う瞑想」と呼ばれるインドの讃美歌”キルタン”をリードします。どうぞお越しください。メールにてお申し込み、お問い合わせください。

また、11月1日(水)は陰暦の九月十三日、十三夜です。十三夜の月見をします。こちらもメールにてお申し込み、お問い合わせください。

  メール:jomon.uzumakisha@gmail.com

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